Ariteaddete | Date: Wednesday, 2013-10-16, 6:02 AM | Message # 1 |
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| [#ここから5字下げ] 「雅博殿、孫寧温は世を偽る仮の姿。私は、私は真鶴です……」 真鶴は赤子を抱いて王都の闇に紛れた。末吉の暗い原生林の中を母子が王府から逃げるように駆けていく。一歩足を踏み入れるごとに文明が遠ざかっていく深い森だった。ぐずって泣く赤子の額にそっと口づけしたら王子は上機嫌に笑って、まるで「ぼくは母上様と一緒に行くよ」と迷いのない目を向けてくれ た。 尻に敷かれるかな。そんなことを思って心の中で苦笑した。 「はい?」 無意識のうちに真鶴になって声を拾ってしまった。振り返ると雅博《まさひろ》がそこにいるではないか。雅博は旅装で那覇港に現れた。 あらためて衝撃を受けた。犯罪の瞬間を目撃するのはこれが初めてだった。身も心も重心を失い、闇の側に堕ちていく人間の姿。生贄《いけにえ》だと思った。恭子は、不幸を一定数設ける神の配剤の、生贄だ。正視するに耐えなかった。 「ちなみに有給休暇はとったことがありますか」 「寧温様、私が女官大勢頭部である限り、御内原への出入りはご自由にどうぞ」 昨日来た刑事たちは誰も名前を名乗らなかったから、この二人は紳士的な部類なのだろう。とくに痩せた方は、ぱっと見は洒落《しゃれ》た商社マンといった風情だ。 足元のライトだけが遠慮がちに灯った廊下を看護婦と歩いた。 「馬鹿野郎。そうじゃねえよ。アヤコさんから回ってきたんだよ」
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